わが国の医療費は、米国などと比べて低く抑えられていると言われます。それに対して、米国では、医療費の高騰し続け、移植医療など高度な医療が早くから定着しているほか、医療訴訟などを恐れ、過剰な検査が行われるということが背景にあることをよく耳にします。その一方で、医療保険に入れない多数の国民が存在するという矛盾がありました。しかし、オバマ大統領の続投により、共和党支持者などからオバマケアとも揶揄された国民全体を対象とした医療保険制度が維持されるとなるでしょう。財政負担の増加は不可避であるものの、格差是正を進める上では重要な施策であるといえます。
日本では、厚生労働省による診療報酬や薬価などが厳しく抑制された成果もあり、現在のところ、GDPに占める国民医療費の割合は低く抑えられています。右図は、OECD作成の主要国の医療費の比較を示しています。図からは、米国の医療費が突出していること、日本の医療費がG7諸国の中で最も低い水準にとどまっていることを読み取ることができます。平均寿命も長く、高齢者の人口が多い上、所得水準が高い日本で、このような結果となっていることは驚きです。加えて、米国が国民皆保険でないことを踏まえれば、日本の医療制度は優れていると考えてもいいでしょう。もっとも、予防医療、移植医療、そして医薬品の認可のスピードなどでは後進国であり、まだまだ改善する余地はあります。
しかし、将来人口の推計では、今後、2010〜2020年にかけて65歳以上の前期高齢者人口が大きく増加すること、2020〜2030年にかけては75歳以上の後期高齢者の対象となる人口が増加することが予想されています。従って、消費税率の引き上げを速やかに進めるともに、医療費を引き続き抑えるという施策が求められます。もっとも、極度な医療費の削減を進めた場合、医療や福祉の現場で人手不足が深刻化する懸念があり、メリハリを付ける為に、高齢者の医療費負担を増額するとともに、現場の人件費も増加させることも視野に入れるべきでしょう。
右図は、わが国の国民医療費とGDPに占める割合の推移を示しています。対GDP比率に着目すると、1990年に4.5%であったものが、期近の2010年には7.8%へとほぼ倍となっていること、2007年以降から上昇率が上がっていることが伺えます。高齢化が進んでいるのですから、医療費の増加傾向はやむを得ないことですが、2010〜20年、2020〜30年の人口構成の急変に伴い、これまでにない変動が予想されます。震災の復興で手一杯なのが今の行政ですが、医療制度は全ての国民生活の根本でもあり、これからの20年間の支出増が3〜5%の消費税率の引き上げで賄えるかはやや疑問が残ります。
こうした中で、高齢化に伴う医療費の増加以外に加え、医療技術の高度化に伴い高額療養費の増加が顕著になっているそうです。ノーベル賞を受賞した山中伸弥氏が発見したiPS細胞による移植医療も現実的な治療法として視野に入っており、今後、医療の技術進歩は格段に進むことが予想されます。これに伴い医療費の高騰も不可避であり、医療分野におけるビジネスモデルの再構築が必要となるでしょう。患者にとっては切実な問題ですが、海外の需要を取り込むなど新たなビジネスを展開するなどして、国民医療費の抑制を引き続き進めなくてはならないのが、わが国財政事情です。高額療養費に関する記事が、2012年11月24日付毎日新聞朝刊に掲載されていましたので紹介します。記事の題目は『「二重苦」呼ぶ高額医療、抑うつの割合上昇』です。以下引用文。
『がんなど病気の治療のため経済負担に苦しむ患者は、抑うつなど精神的苦痛にも悩まされる傾向がある。医療の進歩で寿命が延びるなど治療の効果が期待できるようになった半面、経済負担が増し、心痛をももたらされることで、患者は二重苦に悩むというジレンマを抱えている。(中略)技術進歩によって医療費の高額化は年々進み、患者の自己負担も増している。例えば近年、がんでは増殖や転移に関係する特定の分子を狙う「分子標的薬」が登場。2000年以降、本格的に使われるようになったが、価格の高いものが多い。(中略)医療費の高額化と患者負担額は、がんに限ったものではない。関節リウマチの治療にも効果が高い生物学的製剤が03年に登場し、患者の負担が増えている。患者団体「日本リウマチ友の会」の調査では、月当たり自己負担が3万円を超える割合は10年が15.7%で、10年前と比べて14.9ポイントも増えた。長谷川三枝子会長は「医療費の負担増で生活を切り詰めている人も多い。経済負担は、精神的な落ち込みを招いている」と話す。不況で収入が落ち込んでいることも患者の負担感が増している要因だ。がん患者らを対象にした東京大の調査では医療費を負担に感じている患者は11年が70%で、09年の63%より7ポイント増えた。児玉研究員は「医療は利用することで進歩する面もある。まずは患者の視点に立って国は治療に憂いのない環境を早急に整備すべきだ」と、高額療養費見直しの必要性を指摘する』
何よりも健康が第一です。しかし、誰もが将来の医療費の負担を懸念して、保険商品の購入や貯蓄に励んでしまいます。それでは、総需要を極度に萎縮させ、経済全体は一向に改善されません。そういった家計が抱える将来に対する不安を排除するのも、政府の役割といえるでしょう。明るい未来が予見された時、家計は積極的に支出し、消費性向の上昇により景気はきっと良くなります。しかし、政府の財政規律がないまま、消費税税率の引き上げといった負担増だけを家計に求めるのならば、不安心理が増すだけです。医療費にしてもそうですし、年金にしてもそうです。医療費、年金の問題は抜本的に改善しない限り、2014年4月に消費税率を8%へと引き下げた後、景気は失速は必至であり、10%への引き上げが頓挫する可能性は十分にあると思います。
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