2012年2月18日土曜日

金融機関の給与が高いの何故

2012年2月15日付けのブログ『散髪をして感じたこと』で、業種別の税込現金給与の水準を図示しました。この中で最も高い給与水準だったのが、金融・保険業でした。同じサービス業なのに、2010年の統計では、金融・保険業の税込現金給与が478千円であったのに対して、宿泊業、飲食サービス業にいたっては128千円にとどまっています。世間一般的にいっても金融業界の賃金水準が高く、飲食業などサービス業などはその逆であるという認識があり、データはそれを裏付けるものとなっています。
ここで、同じサービス業なのに、これだけの給与格差が発生するのは何故だろうという疑問が生じます。これは産業そのものの構造の差にあるというのが結論です。金融業は一般に参入障壁の高い産業です。特に銀行の場合、基幹となる支店網、ATM網を構築した上で、システムの開発、人員の育成、伝票やマニュアル等の作成が設立にあたっては不可欠です。これには膨大なコストがかかります。この上、日銀ネットに加入し、遅滞なく資金決済業務を行わなければならないのです。資本なし、ノウハウなしの裸一貫で起業することはほぼ不可能に近いといえるでしょう。最近、出現している新たな銀行というば、セブン銀行、イオン銀行、ソニー銀行など、本業から資本や店舗の提供があってこそ設立することができた銀行ばかりです。
一方、サービス業の典型である飲食業はどうでしょうか。飲食業の価値を決して低いとは私は思ってはいません。むしろ、ATMに並んで銀行取引をする無機質な作業は、楽しみとはいえず、やむを得なくやっているのに対して、食事は私の人生にとって幸せそのものです。しかし、飲食店の場合は、才能豊かな経営者が適切な場所に店舗を借りて、必要な人材を調達できれば、飲食店を立ち上げることは不可能なことではないでしょう。現に、参入障壁が低さは、同じ店舗でもテナントがひっきりなしに変わるという飲食業の姿にも現れていると思います。上の2つの図のうち(a)に該当するのが飲食店で、(b)に該当するのが銀行など金融業だと考えています。ここで、(a)に従って、記号と図の説明をします。Pは価格、MCは限界費用、ACは平均費用、Xは生産量です。MC=Pで利益が最大化できるため、仮に価格がP'ならば、最適な生産量はX'となります。しかし、平均費用ACを上回っているこの価格P'水準では、他の企業の参入を許すこととなり、結局価格はP''へと下落し、最適な生産量もX''へと減少することとなります。
一方、創業時の投資が莫大な産業である銀行の場合、どのような費用曲線を描くのでしょうか。金融業、特に銀行は、ひたすら限界費用と平均費用が低下していくという費用曲線を描く図(b)のケースに該当すると考えられます。つまり、生産量が増大すればするほど費用は減少し、逆に利益は増大することを意味します。この状況で、新たに市場参入しようとすれば、規模が小さい場合、コスト面で先行する銀行に歯が立たず、一部の例外を除き、結局撤退するはめになります。
 そして、金融業の税込現金給与が高いのは、大規模な資本投入することで、生産量を拡大させることのできる唯一のサービス業だからです。結果、単位労働者数に対して、相対的に規模の大きい資本投入が可能となり、高い労働生産性をもたらします。これこそが、高い給与の源泉となっているのです。つまり、1兆、10兆円、100兆円へと預金が増加したとしても、それを取り扱う人員は1000人、1万人、10万人へと比例的に増加させる必要はないのです。加えて、規模が拡大したからといっても、銀行システムの基本的に大差はないでしょう。システムにかかる費用は、規模の大小にかかわらず、ある程度の額が必要であり、ここにも規模の経済性が成り立つ環境があります。マニュアルや伝票もしかりです。規模が多くなればなるほど、売上高(銀行の場合は業務純益に該当する)は増加するものの、決して費用は、売上高ほどに増加しないこととなります。銀行業には規模の経済が働いているのです。
上図は、わが国の三大金融グループである、三菱UFJ、みずほ、三井住友フィナンシャルグループの合併の経緯を図示したものです。1980年代中頃では、都市銀行は13行、信託銀行は7行、長期銀行は3行ありました。現在は、上記の3つの巨大金融グループと、りそな、住友三井信託グループがあるくらいです。バブル崩壊後、多額の不良債権を抱えたことが合併の最大の要因であるといえます。しかし、システムの統合、重複店舗の統廃合をすることで、国内の銀行は一斉に規模の経済性を生かした経営戦略へと向かったのです。これこそが銀行の合併の根拠です。そして、これを後押ししたのが、金融ビッグバンなど銀行を含む金融業全体の規制緩和があったといえます。
(参考文献)奥野正寛『ミクロ経済学』、第2章、東京大学出版会、2008年。

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