欧州債務危機が長引いているものの、政策当局の積極的な関与からひと段落つき、やや落ち着いた感はあります。ここのところ、ユーロ相場はやや持ち直していることからも、そのことが伺えます。この債務危機の背景にあるとされているのが、政府の財政赤字や債務残高であるとことがよく指摘されており、ヨーロッパ諸国は財政規律の回復に向けた施策を打っています。確かに、ギリシャの総選挙で財政緊縮派が勝利したのに加え、イタリアはプライマーバランスがプラスへと転じました。そして、財政再建に目処がついたアイルランド政府は市中での国債発行を再開するなど財政規律に関していえば、当局の懸命な対応もあり、総じて信頼できる水準になってきました。
それでは、欧州債務危機は回避できたのかといえば、決して楽観できないと私は思っています。それは、ユーロ導入国での間で経済格差が依然として大きく、その格差の縮小がない限りは、根本的な解決できないと考えているからです。そもそも、ユーロ導入を契機に、当初は人、モノ、資本(又はカネ)が域内を自由に行き交い、人、モノ、資本の価格が一定の水準に収斂すると予想されました。現実は、ドイツなど勝ち組と言われる国々に、人、モノ、カネの全てが吸い込まれていき、豊かな国がさらに豊かになり、貧しい国がさらに貧しくなるという格差拡大の方向へと動いています。
右図は、OECD加盟のユーロ導入国の1人当たり名目GDPの比較を示しています。マルタ、キプロスはOECDに加盟していないこと、ルクセンブルクは他の国々と比べて圧倒的に高い水準であることからデータに加えていません。ユーロ導入17カ国の平均は、3万5,371ドルであるのに対して、域内最大の経済力を誇るドイツは、3万9,186ドルに達しています。一方で、ポルトガル(2万5,351ドル)、ギリシャ(2万6,934ドル)、スペイン(3万2,500ドル)、イタリア(3万2,938ドル)は、いずれもユーロ導入17カ国の平均値を下回っていることが分かります。通常ならば、安い賃金を求めて、これら諸国へと工場を移す動きがあって、経済的に貧しい国々で新しい雇用を産み出すことが考えられます。しかし、現実は、高い賃金を求めて、経済的に貧しい国々の労働者、特に若い人々がドイツへと流入しようとしています。ギリシャやスペインでは、ドイツ語の語学教室がはやっており、労働者が職を求めてドイツへと向かおうとする動きがあります。この流れが本格化すれば、南欧諸国の経済はさらに疲弊し、さらに経済格差が拡大することになるでしょう。
もう一つの格差は、物価水準です。同じ通貨を使用し、モノが自由に移動できるのならば、ユーロ導入国の物価水準も一定になるばずです。しかし、OECDが発表している購買力平価に基づく為替相場から物価水準に依然として開きがあることが読み取れます。OECD発表の購買力平価について、説明文が少しですが掲載されていました紹介します。以下引用文(注)。
『OECDはEUと共同で「GDPを構成する商品・サービス」を対象とした価格調査を3年ごとに実施し、これに基づいて購買力平価を算定している。直近の2008年を基準年とするOECD購買力平価の算定プロジェクトでは、約3,000の商品・サービスが比較対象となった』
上図は、直感的に理解しにくいのですが、OECDのホームページ掲載のデータから作成した、主なユーロ導入国の購買力平価から示したユーロ相場の推移を示したものです。通常、ユーロ相場は、1ユーロ=1.23ドル(2012年8月20日21:00現在)といった具合に外国通貨建て表記します。このOECDのデータは、1米ドルに対して何ユーロという表示になっていますので注意が必要です。上図の見方ですが、実際のユーロ相場よりも高いところに位置する国々は、国内物価が相対的に高く、下に位置する国ほど相対的に低いことを意味します。このことは、急速な経済悪化を背景に、アイルランドが、大幅な下落傾向を示していることから大まかにイメージと合致すると思います。ここで示す購買力平価から算出された為替レートがほぼ合致する時こそが、各国における物価水準に格差がなくなったことになります。ドイツ、フランス、イタリアが、実際のユーロ相場に近づいている一方で、ポトルガル、ギリシャ、スペインなどはほとんど変動なく、依然として開きは大きいとことが分かります。最近の成長率から考えて、南欧諸国では物価が下落傾向を示し、乖離幅が大きくなっていることが予想されます。
確かに、国家間の経済統合には、財政規律が守られていることが大切であると思います。これは、違う言葉を話し、違う文化を持つ国家間での信頼へとつながるはずです。しかし、忘れてはならないのは、経済統合には経済格差があってはダメです。所得や物価水準は、経済統合にとって財政規律よりもさらに重要な要素であるといえます。
(注)総務省統計局『世界の統計』、p74、財団法人日本統計協会発行、2012年。
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