2012年3月10日土曜日

エルピーダメモリー倒産の衝撃

10日以上も前の話になりますが、先月の27日にDRAM製造メーカーであるエルピーダメモリーが会社更生法の適用を申請しました。負債総額は約4,480億円にも達し、製造業では過去最大となります。2009年に政府も公的資金300億円を同社へ注入し、再建を支援していたにもかかわらず、結果が出ませんでした。
 私は、パソコンを30年近く使っている関係もあり、常に主要部品であるメモリーには一定の関心がありました。初めて購入したパソコンは、NEC製のPC-8801で搭載メモリーは、私の記憶は定かではないのですが、確か1メガバイトであったと思います(利用できるメモリーは実際にはもっと少なかったのですが)。次に購入したのは、セイコーエプソンが発売したパソコンで、NECのPC-9801と互換のあり、インテル製486DXのCPUを搭載したものでした。同様に搭載メモリーは1メガバイトでした。この時期のパソコンは、マイクロソフトのMS-DOSをOSとして使用していた為、どしても1メガバイトの壁があり、それ以上のメモリーを搭載しても意味がなかったことから、1メガバイト以上のメモリーに対するニーズはありませんでした。その後、マイクロソフトのウィンドウズが発売され、1メガバイトの壁が取り払われ、搭載されるメモリーはうなぎ上りに増加、今、私が使用しているパソコンのメモリーはいずれも4ギガバイトのメモリーを搭載しています。
 一時は、日本のDRAM製造メーカーは、飛ぶ鳥を落とす勢いで、インテルをCPU製造に特化させたのも、日本企業にシェアを奪われた結果だという記憶があります。その時期は、特に東芝に勢いがあり、1985年に1MビットのDRAMを世界に先駆けてサンプル出荷を開始、半導体産業で、わが国の企業が目立った時代でした。世の中の人々が、半導体製造=日本企業という印象を持っていた最中、1994年にインテルが製造したCPU、Pentiumにバグがあることが発覚、半導体にDRAM以外の分野があることを世間に知らしめました。この頃の日本の半導体メーカーはまだまだ元気があました。しかし、その後、米国のマイクロン・テクノロジーが、最先端を追わず、少し遅れた技術を使ってDRAMを製造するというマーケッティングにより、徐々に日本のDRAMメーカーがシェアを奪われるという事態が発生しました。さらには、東芝の技術者を積極的に引き抜き、世界一のDRAM製造メーカーとなったサムスン電子が躍進、その後の日本のDRAMメーカーは凋落の一途をたどっています。結果は、27日のエルピーダメモリーの倒産です。下図は世界のDRAM市場の企業別のシェアを示したものです。1991年の時点では、東芝のシェアが1位であったことに驚かさせます。


 しかし、半導体にも色々な種類があります。例えばルネサスエレクトロニクスが製造するASIC(特定用途向け専用LSI)があります。東日本大震災後に同社の製造が停止、自動車メーカーが慌てるという事態が発生しました。また、東芝、インテル、サムスン電子が激突しているフラッシュメモリー(不揮発性の半導体メモリー)や、インテルがほぼ独占しているパソコン用のCPU、最近話題となっているスマートフォン用のCPUなどの分野があります。今後は、DRAMなど利益率の低い分野から随時撤退、半導体製造でも付加価値の高い分野へと特化が求められるでしょう。もっとも、それらの分野でも、韓国、台湾メーカーの追い上げは厳しく、日本企業が追いやられている気がします。
 円高が続く限り、産業の下流に位置する企業は苦戦を強いられています。その代表格がエルピーダメモリーでした。従って、日本企業が活躍できる分野は、さらに上流に位置する分野に限られてきています。幸いなことに、半導体製造装置では東京エレクトロンやニコン、さらに上流に位置する半導体ウェハーでは、信越化学工業、SUMCOなどの日本企業が活躍しています。付加価値の高い製品への特化は、半導体産業に限らず、あらゆる分野で共通した日本企業の課題です。

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